【記載例つき】法人事業概況説明書で異常値を説明する方法
社長が息子さんに代表を譲る。長年の労に報いて退職金を支払う。株価が下がったところで株を移す。事業承継の教科書どおりの流れです。
ただ、その期の決算書を税務署の側から眺めると、風景がまったく違って見えます。
役員給与が数千万円単位で跳ね上がり、利益が一気に消し飛び、ときには不動産の売買や貸付金の整理まで同じ年に重なる。承継の年の決算書は、構造的に「異常値の塊」になるんです。
申告書は、まずAIが読んでいる
国税庁は実地調査に入る前の段階でAIを使い、調査の必要度が高い法人を抽出しています。抽出された法人を調査官が分析し、実地に出るかどうかを判断する。この流れができたことで、実地調査の件数は減っているのに追徴税額はむしろ増えています。
一方で増えているのが「簡易な接触」です。電話や書面で「ここを確認していただけますか」と問い合わせが入り、会社が確認して誤りがあれば自主的に修正申告をする。行政指導の一環なので、ここで修正しても加算税は課されません。実地調査とは負担が天と地ほど違います。
つまり、調査に入られるかどうかは、申告書を提出した時点でほぼ決まっている。承継の年に何の説明もつけずに申告書を出すのは、面接で黙って座っているようなものです。
説明の置き場所は2つある
| 手段 | 中身 |
|---|---|
| 法人事業概況説明書の 「当期の営業成績の概要」欄 | 申告書に必ず添付するもの。自由記載欄に、数字が動いた理由を会社の側から書いておく。追加のハードルはゼロ |
| 書面添付制度 (税理士法33条の2、35条) | 税理士が計算・整理した事項を書面で添付。調査の事前通知の前に、税理士に意見を述べる機会が与えられる。ここで疑問が解消すれば調査に移行しないこともある |
概況書は文字数が限られるので、事実を簡潔に+判断の根拠となる通達番号という書き方が効きます。調査官が机上で見た段階で論点が絞れれば、実地ではなく簡易な接触で済む可能性が出てきます。
書面添付のほうは、正直に言えば事務所側の負担が重い制度です。毎期、税務上つまずきやすい論点を洗い直す必要があり、虚偽記載には税理士自身への懲戒もある。ただ承継を控えた会社にとっては、これを回している事務所かどうかで結果が変わり得ます。
本丸は「分掌変更」——形ではなく実態が見られる
承継の場面でもっとも論点になるのが、法基通9-2-32の分掌変更です。代表を退いて会長に就き、そのタイミングで退職金を支払う。金額が大きく、かつ判断が実態に依存するため、真正面から目立ちます。
概況書への記載イメージ
代表取締役◯◯は後継者への代表権移譲のため、◯月◯日の取締役会で代表取締役を辞任し、代表権のない取締役会長に就任。月額報酬を◯%減額し、決裁権限を新社長に委譲、経営上の主要な地位を占めない状態となったため、分掌変更(法基通9-2-32)に該当すると判断し、決算日までに退職金を支払った。
ただし、こう書けるかどうかは文章力の問題ではありません。実態がそうなっているか、それだけです。
- 稟議・押印などの決裁権を、本当に手放したか
- 主要部署の統括から外れているか
- 対外的に「代表者」として振る舞う場面が残っていないか
- 報酬を減額しても、勤務実態と見合っているか
- 他の取締役の報酬とのバランスが取れているか
- 退職金の支払いは決算日までに完了しているか
現場でよくお見かけするのが、報酬は下げたのに、実際の動き方は以前の社長のままというケースです。取引先は今も会長に話を持ってくるし、大きな判断は結局会長が下している。会社としては自然な移行期の姿ですが、税務上は分掌変更が否認されるだけでなく、過大役員給与の問題にもつながります。
ここは書類を整える話ではなく、承継そのものの設計の話です。だから支払う年になってから相談されても、もう手の打ちようがありません。
退職金の金額は、算定根拠を先に出す
同族会社の高額な退職金は、恣意性を疑われる筆頭科目です。役員退職金規程があっても、功績倍率法での金額は必ず計算しておく。調査では功績倍率が目安にされるからです。
代表取締役◯◯は体調不良により◯月◯日付で辞任を申し出、臨時株主総会で承認。同総会において功績倍率法(最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率3.0)による金額を退職金とする決議を得て、翌月支払済み。
決議した機関と時期は議事録で固める。規程どおりに払ったという事実と、金額の合理性は別の話なので、両方を用意しておきます。
同じ年に重なりやすい、その他の論点
承継の年は、退職金以外の項目も同時に動きます。それぞれ「何を見られるか」が決まっているので、先に押さえておきます。
| 項目 | 見られる一点 | 備え |
|---|---|---|
| 社長個人との不動産売買 | 価格の妥当性(時価との乖離) | 鑑定書。取れなければ売買事例や公示価格からの推定。契約書・資金移動・登記・議事録の4点セット |
| 貸倒損失 | 法基通9-6-1〜3のどの類型で切ったか | 相手先決算書の提示要求(会社法442条)、催促の記録、損金経理。形式上の貸倒れなら備忘価額1円 |
| 特別償却 | 事業供用日(決算月取得は必ず確認される) | 搬入・試運転・生産開始の各日付を、業務日報や検収票で裏づけ |
| 高額な修繕費 | 資本的支出との区分の考え方 | 法基通7-8-1〜5のどの基準で判断したかを明示。老朽化に伴う更新は資本的支出に寄る |
| 原価率・経費の変動 | 前期比で動いた理由 | 要因を分解して簡潔に(仕入価格の上昇、転嫁の遅れ、製品構成の変化など) |
なお、関係会社への債権放棄は寄附金認定の論点が別に立ちます。同じ「貸倒損失」でも扱いが違うので、ここは分けて考えてください。
この秋、会社と個人はつながって見えるようになる
今年の秋、国税庁の基幹システムがKSK2へ移行します。法人税・所得税・相続税のデータが統合され、会社と社長個人の取引——貸付金と金利、不動産の賃貸借と賃料、不動産の売買、複数社からの役員報酬——の結びつきが、これまでとは比較にならない精度で見えるようになります。
オーナー企業の承継は、まさにこの「会社と個人の間」で起きる出来事です。影響を受けないはずがありません。
承継は、決算3期分の設計で考える
承継の年に慌てて対応するのではなく、数年前から数字の動きに説明をつけながら進めていく。退職金をいつ、いくら、どういう形で出すのか。代表権と実態をどの順番で移していくのか。株はどの時点で動かすのか。
これらを1期の決算の中で処理しようとするから、異常値が集中して目立ちます。3期に分けて設計すれば、それぞれの年は説明のつく決算書になります。
承継を「税務リスクのイベント」にしないために。代表を譲るお考えがあるなら、その3年前からご相談ください。
本記事は一般的な情報提供であり、個別の判断は事実関係により異なります。具体的なご検討にあたっては個別にご相談ください。
IMAS総合会計事務所
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