申告書に記載されている繰越欠損金額に確定力はない

10年前の「転記ミス」が今になって追徴に——繰越欠損金の残高は”確定”していないという怖い話

※本記事は公表裁決(令和7年7月7日裁決)を題材にした、執筆時点(令和8年8月)の一般的な解説です。

「昔の申告はもう時効」——その常識が通じなかった事例

赤字を出した年の欠損金を翌年以降の黒字と相殺できる「繰越欠損金」。多くの会社が使っている制度ですが、その残高管理をめぐって、経営者の常識を揺さぶる判断が国税不服審判所から示されました。

事案を簡単にいうと、こうです。ある会社が約10年前の申告で、繰越欠損金の明細書(申告書の別表七)への転記を誤り、実際より多い欠損金残高を記載してしまいました。誤った残高はその後の申告に毎年そのまま引き継がれ、後年の黒字の年に、本来より多くの控除が行われました。税務署はこれを把握し、控除しすぎた最近の各年度に対して更正処分(追徴)を行ったのです。

会社側はこう反論しました。「誤りが起きたのは10年前の申告だ。その年度はとっくに更正できる期間(原則、法定申告期限から10年)を過ぎている。今さら是正はできないはずだ」——直感的には筋が通って聞こえます。

しかし審判所は、この主張を退けました。

ポイント:別表七の数字は「残高証明」ではない

審判所の理屈を一言でいえば、「別表七に書かれた繰越欠損金の残高には、金額を確定させる効力はない」ということです。

繰越欠損金として控除できるのは、あくまで「過去の年度に実際に生じた欠損金」です。別表七の記載は、それを毎年引き継いで管理するための計算の便宜上のメモにすぎません。通帳の残高のように「書いてある数字が正」になるわけではないのです。

だから、誤記載が起きた年度の更正期間が過ぎていても関係ありません。誤った残高を使って控除しすぎた年度が、それぞれ更正の対象になります。控除は毎年行われますから、「10年前のミス」は10年前の問題ではなく、控除を続けている限り毎年再生産される現在の問題として扱われる——これがこの裁決の核心です。

経営者が持ち帰るべき3つの教訓

① 「昔のことだから」は防御になりません 別表七の残高の誤りは、時間の経過では治りません。誤った残高のまま控除を続ければ、直近の各年度が追徴の対象になり続けます。繰越欠損金の残高が大きい会社ほど、一度、過去の別表一(各年の欠損金額)と別表七の残高がきちんと連続しているかを検算する価値があります。

② 逆に、「取り戻せる」可能性もあります 残高に確定力がないという理屈は、納税者に有利にも働きます。過去の申告で欠損金は正しく生じていたのに、転記漏れで別表七の残高を少なく書いてしまっていた場合——その年度の更正の請求期限が過ぎていても、今期の申告で「本来あるべき残高」による控除を主張する余地があることになります。「昔のミスだから諦めていた控除」が、実は生きているかもしれません。

③ M&A・事業承継では、別表七を鵜呑みにしない 会社を買収・承継する場面では、対象会社の繰越欠損金が将来の節税価値として評価されることがあります。しかしこの裁決が示したとおり、別表七の残高は「確定した権利」ではありません。残高の根拠となる各年度の欠損金が実際に正しく計算されていたかまで遡って確認しなければ、買収後に「実は残高が過大でした、追徴です」という事態もあり得ます。デューデリジェンスで繰越欠損金の実在性を検証することの重要性が、裁決という形で裏付けられたともいえます。

まとめ

  • 別表七の繰越欠損金残高に「確定力」はない。誤りは控除した各年度で是正される
  • 誤記載の年度が更正期間切れでも、後続年度の追徴は免れない
  • 過少に記載していた場合は、本来の額での控除を主張できる余地がある
  • M&A・承継の場面では、繰越欠損金の残高の根拠まで遡った検証が必須

当事務所では、繰越欠損金残高の検算・過年度申告のレビューから、M&A・事業承継時の税務デューデリジェンスまで対応しています。「うちの別表七、大丈夫か」と少しでも気になった方は、決算前の今のうちにご相談ください。


本記事の内容は一般的な解説であり、個別の税務判断を保証するものではありません。